26、父親


「えっ!?」
 まったく聞いていなかったリョウは固まる。
 それに対し広和は「そうなんですよ」とケラケラ笑っている。
 教師と言うことは、きっと彼女の父親が、娘とその担任が 付き合っていることを知ったら殴られるどころでは済まないだろう。リョウは緊張で震える。

 すると若葉が「この煮物美味しいよ」と取り分けした器を差し出した。
「ありがとう。いただきます」
 何かを食べてリラックスしようと、リョウは箸を持ち口にした。
「うまい」
「良かった。私が作ったんだよ。この間の料理も美味しいって言ってもらえて嬉しかった」
 その瞬間、彼女の両親がリョウを見つめた。
「この間の料理? もしかして先生、若葉の作った料理食べました?」
 若葉の母親からの質問に、リョウはとりあえず「はい。いただきました」と、若葉との関係を告白する 前にワンクッション置くつもりで、平然を装い答えた。
「……ってことは二人は?」
 美智子は若葉とリョウの顔を交互に見つめる。
 リョウはまずいと、助けを求めるように若葉を見る。 すると彼女はわざとらしい、乙女の恥じらいを見せつけながら「はい。実はめでたく」と答える。 リョウは何がウフッだよ!と心の中で若葉に叫びながら、おずおずと両親の顔を確かめる。

「やったわ、お父さん!」
「やったね、美智子!」
 若葉の両親はリョウたちことを気にもせず、抱き合ってはしゃいだ。
「結構簡単にくっついちゃったのねぇ」
 リョウはわけもわからず、落ち着かない。
 そして美智子はホットプレートに肉を乗せながら「実は私、高校生の頃、 担任の先生と付き合っていたんですよ。それで、その先生と結婚したんです」ジューという音の中で恥ずかしそうに笑う。
「え?」
 混乱しているリョウに若葉が説明をする。
「うちのお父さんは今は教育関係の会社を経営しているけど、 その昔高校教師している頃、生徒だったお母さんと出会って秘密の恋愛をしていたの。卒業式の翌日に結婚したんだよね」
「うっそ!」
「そうなんです」
 美智子は広和と微笑み合った。

 改めて見れば歳の差のある夫婦だ。リョウは他の生徒の親を見て、 若葉の母親は随分と若いなと保護者会の時に思ったのを記憶に残っている。
 それよりもどうして若葉はそのことを先に言ってくれなかったんだとリョウは若葉に問い詰めたかった。
 美智子は「まさか自分の娘が、私と同じように学校の先生を好きになっちゃうなんて、 思ってもみなかったわ」と、焼けた牛タンをリョウの皿に乗せた。
「やっぱり美智子の血を引いているんだよ」
 楽しそうに笑う広和。
「あの、若葉さんとのことは……」
 認めてもらえるのか、口を濁しながら尋ねてみる。
「ただし条件があります」
 広和は前置きをした。
 条件……、ごくりと唾を飲み込むリョウ。
「真剣に、お互いを想い合って付き合うこと。たった一つ、それだけは約束してほしい」
「わかりました」
「私も」
 リョウに続き、若葉も真剣な眼差しに変えて答えた。
「それならいいよ」
 広和は優しく笑った。
「ありがとうございます」

 それからリョウは色々な質問を受けた。どこで生まれ育ち、どこの大学へ行っていたのか。 どうして高校教師になったのか。やはり娘の彼氏となると、根掘り葉掘り聞きたくなるものなのだろう。
 そして広和とリョウは、今度は一緒にお酒を飲もうと約束をし帰ることとなった。

 リョウは車に乗ってエンジンをかける。若葉は玄関を出て見送りにきた。
「日曜日のことはまた電話で話そう」
「うん。――先生、私でよかったね」
 ブレーキをはずした直前、若葉がそう言い微笑んだ。

 確かにそうかもしれない。もしあの両親との間に生まれていない子だったら、 あの両親じゃなかったらリョウは速攻で反対されていただろう。けれど、 もし反対されたとしても許してもらえるまで頭を下げ続けるつもりでいた。それは若葉のことを愛しているから……。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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