25、訪問


 六時頃になり、インターフォンが響いた。
 若葉が玄関に出ると、ワイシャツにネクタイ姿のリョウに驚く。
「先生、ネクタイまでしめてどうしたの?」
「どうしたって、きちんと話した方がいいと思って」
 こそこそと話す二人の所に、美智子が来る。
「先生、せっかくなのでご飯食べて下さいね。主人ももうすぐ帰ってくるので、若葉の部屋で待っていて下さい」
 さらさらと当たり前のように話す美智子に、リョウはたじろぐ。
 ご馳走になるつもりはなく、少し話をさせてもらうだけのつもりだったのに…… と言い出せず、若葉に「先生、上行こう」と背中を押されて、若葉の部屋へ入る。
 若葉の部屋は十畳の広めの個室だ。可愛いぬいぐるみがいくつかベッドに鎮座し、ベッドカバーは オフホワイトのキルト素材でシンプルだが、カーテンは緑のつるに花、そして小鳥の絵が描かれていて 女の子らしい。
 そんな可愛らしい部屋をリョウは微笑ましく見渡す。
 しかし、ドアを閉めた途端「先生、どうしよう!」と若葉はリョウに縋った。
 彼女の焦りに、リョウは笑顔から一転、嫌な予感を覚えた。
「お母さんに気付かれちゃったみたい」
「もしかして、付き合っているっていうこと?」
 恐る恐る問う。
「ううん。そこまでは気付いてないみたいなんだけど、私が先生のこと好きだっていうこと」
「ああ、そうか……」
 少しほっとし、「きちんと話そう」と若葉の髪を撫でる。
「え!? 隠さなくていいの?」
 若葉はリョウにどうにか隠し通そうと言われると思っていた。
「隠すつもりはないよ。ただ、反対はされるだろうね。最悪、学校に伝わって処分を受けるかもしれない。 俺はここに来るまでにその覚悟は決めてきたつもりだけど、若葉はどう思う?  この時点で付き合うということをなかったことにしたほうがいい?」
 真っ直ぐな言葉に若葉は身体の力が抜け、床に座り込んでしまった。
「先生、ごめんね……」
 リョウがそこまで考えてくれているとは思っていなかった。
 人を好きになった。ただその相手が学校の先生だったということだけ。 付き合うと言ってもまだ何もしていない。それでも世間的にはリョウがすべて悪くなる。
 けれど若葉は、自分の両親ならすべてから守ってくれるはずだと思う。
「先生、大丈夫だよ。絶対」
 若葉は目一杯微笑んで、リョウを安心させたかった。
 リョウは若葉の目線に合わせ、一緒に座る。そして優しく抱き寄せた。


     * * *


「若葉、先生、ご飯にしますよー」
 一階から響く美智子の声で二人は我に返った。 最後にもう一度だけとリョウは若葉の後頭部を自身の胸に寄せた。彼女も黙ったまま腕を回した。
 ゆっくりと深呼吸をして階段を下りる。下りきるとすぐリビングにつながり、その奥にはダイニングがある。
 そしてダイニングに一人座っている男性がいた。
 若葉の父親、広和(ひろかず)だ。その存在に気付いたリョウは思わず後ずさりをしてしまい、彼女に耳打ちをする。
「やっぱり、帰ろうかな……」
「先生!?」
 若葉の声で、広げていた新聞を畳んだ。
「お邪魔しています。担任の平石です」
 冷静沈着を装いつつも、保護者……特に父親という存在感にはいつも圧倒されてしまう。 PTAの集団にもいまだ慣れないのに、彼女の父親となるとそれはまた別物だ。

「いやー、先生。はじめまして。若葉の父です」
 一瞬睨まれたかと思ったら、にっこり微笑まれた。
「お父さん、おかえり」
 若葉はダイニングの自席に座る。
「先生はこちらに座ってください」
 美智子は椅子を引き、リョウは頭を下げてそこに座った。

 これから重い話をしなければいけないというのに、和気あいあいとしたダイニングテーブル。
 ホットプレートの横には、サラダ、野菜の煮物などが置いてある。
 母は小皿を並べながら「本当は若葉の弟の和輝も一緒に食べる予定だったんですけど」と和輝のことを説明した。
「お肉いっぱいあるから遠慮なく食べて下さいね。でもそれだけだと栄養が偏ってしまうと思って野菜も食べて」
「あ……、ありがとうございます」

「せんせ〜、これ取ってあげようかぁ?」
 若葉は緊張しているリョウが可笑しくなり、わざと甘い声で言った。
 リョウは驚き、思わず麦茶を噴き出してしまった。
「タオル、タオル」
 若葉は急いで引き出しからタオルを出してきた。
 リョウは焦りながらも、ちらっと広和の方に目をやると笑いをこらえていて、その様子を見られていたことに気付く。

「先生、若葉はどうですか?」
「え、はい。若葉さんは成績も良いですし、授業中も真面目ですし優秀な生徒さんです」
 リョウは無難に答える。
「そう、ですか……」
 広和は再び含み笑いをする。リョウは不思議に思ったが、 「仕事のほうは?」と二つ目の質問を受けたので「今年初めてクラスを受け持って結構忙しいですが、 楽しくやっています」と答えた。しかしそう答えながら、担任どころかこの仕事を辞めなければならないのかと頭をよぎった。
「本当、忙しいですよね。しかも三年生の担任になれば生徒の進路でもっと忙しくなるし」
 広和がそう言うと、若葉は間、髪をいれずに「あ、うちのお父さん、元高校教師なの」とリョウにあっさり口調で説明した。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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