24、母親


 リョウが部活指導のため学校に戻っている頃、早坂家では――。

 若葉はシャワーを浴び、髪をタオルで拭きながらキッチンで麦茶をグラスに注いだ。
「若葉、先生に送ってもらったこと、初めてじゃないでしょ?」
 母親の鋭さに思わず麦茶をこぼしそうになる。
「えっ……」
「誤魔化さないでよ。お母さんは知っちゃったもんね。 愛果ちゃん家泊まるって言った翌日、二階の窓を開けていたら、 うちの前に車が止まったから誰かと思って見たのよ。その車、先生の車と一緒だった」
 美智子の口調は軽々としていて、決して叱ってはいない。しかし若葉は何も言い返せすことができず、固まったままだ。
「若葉、あの日どこ泊まったの?」
「ち、違うよ。たしかにリョウ先生もいたけど、泊まったのは椎名先生の家で、決して二人きりではなかったわけで」
 美智子は、愛果と椎名の関係を知っている。もちろん他の誰にも話してはいない。
 この二人の会話はまるで友人関係のようで、美智子は「白状しなさい」若葉の頬をむぎゅうっと両手ではさむ。
 若葉はじたばたしながら美智子の手から逃れ、「何にも怪しいことはないってば」と麦茶を飲んだ。
「そうなの? じゃあ、若葉は先生のこと好き?」
 美智子の信じられない言葉に、若葉は赤面する。
「その様子は先生のこと好きなのね。いいわ。お母さんが協力してあげる」
「えー!?」
 あの、実はもう付き合っているんですけど、と若葉は言おうか迷う。 けれど、このあとリョウが来るのなら、その時に彼の判断に任せようとこの場は美智子の思い込みに流されておいた。

 自分の娘とその担任を付き合わせることなど普通ではありえない話だ。 普通は反対するはず。けれど美智子の場合は反対をしない理由があった。 それは美智子は学校の先生と結婚したから。つまり若葉の父親は教師だったのだ。 二人は、高校生とその担任という間柄だった。そして高校を卒業した翌日、結婚をした。
 当時はまだ教師と生徒の恋愛についてそこまで大きく問題視されておらず、在学中に何かあったわけでもなく、 二人の想いだけで育んできたし、二人の両親つまり若葉の祖父母が反対することはなかった。
 結婚した翌年には若葉が生まれ、一年後には弟の和輝(かずてる)が生まれた。 今でも仲睦まじく、一緒にいる子どものほうが恥ずかしくなるほど。
 そんな両親の元に育った若葉が教師を好きになることは、 美智子にとってはあまり驚くことはなかったようである。

 リョウが来るのは夕方ということで、美智子ははりきって肉屋に行き、 いつもよりも高い肉を買ってきた。そして一人暮らしだということで、サラダに煮物、 お浸しなど、野菜メインのおかずも作り、若葉ももちろん手伝った。
 その最中、自宅に一本の電話がかかってくる。電話に出た美智子からの話で、 和輝からだった。和輝は現在、隣県にあるサッカー名門校の寮に入っている。 今日は朝自宅へ帰ってきて、すぐに中学の同級生と久しぶりの再会をしていた。 奮発した肉は和輝のためでもあったのに、夕飯は同級生と食べに行くらしい。 美智子は「仕方ないわね」と言いながら再びキッチンに立った。

 若葉にはちょうど良かった。弟までいる席でリョウに来てもらうというのは気が引ける。 リョウ自身もきっと嫌がるだろう。若葉はできた料理を大きな器に盛りながら、父はどう思うかなと、このあと起こることを色々想像していた。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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