22、嫉妬


「早坂さん、なかなかうまいね」
 そう声を掛けたのは、愛果の彼氏兼、顧問の椎名。
「それにそのウエア……」
「え、ウエア?」
 若葉は汚れているのかと思い、見てみる。
「あとでリョウに叱られるかもよ。“お前、スカート短いぞー!”って」
「どうして? こういうものじゃないの?」
 女子テニスももちろん同じようなウエアを着ているけれど、 若葉は制服のスカートの丈が短いとよく注意されている。おまけにこの間の合コンの胸元、 そしてノースリーブとリョウに言われたばかりだ。

「椎名先生、もしかしてリョウ先生から聞いた?」
「聞いたよ。おめでとう。お祝いしなきゃね」
 椎名は忍び声で若葉に言い、そのまま部員の集まる方へ行った。

 若葉はここでやっと自分の体調の変化に気付く。頭がクラクラし、 風呂でのぼせたような感じがする。木陰のベンチに腰を下ろすと、そのまま横たわってしまった。
「大丈夫か」
 すぐに駆け寄ったのはリョウだった。
「先生、頭が痛い……」
 軽い熱中症かもしれないとリョウが一年生に声を掛ける。 そして用意している冷たいタオルなどを手早く首に当て、水分を摂らせた。
「ごめんなさい……」
 か細い声で謝る若葉に、リョウは自分の背中で部員に見えないように、額に手を当てながらも優しくそっと撫でた。
 幸い熱にやられた程度で熱中症までには至らなかったが、リョウは椎名と相談し、一度若葉を家に送っていくことにした。

 肩に若葉の荷物を掛け、ひょいっと身体をベンチから持ち上げる。不意打ちのお姫様抱きだ。
「ちょっ、ちょっと先生、このまま駐車場まで行く気?」
 具合が悪いのも吹き飛ぶ。
「そうだけど?」
「私重いよー。――……色んな意味で重いよ」
 “重い”という言葉に、つい元カレに言われた言葉を思い出してしまった。 迷惑ばかりかけて、だから重いんだ。先日の電話のこともあり、今度はリョウにも嫌われると思った。

 ところがリョウは「軽いよ。“色んな意味で”重くなんかない。心配するな」しがみつく若葉に優しく言う。
 あらかじめ出しておいた鍵で車のドアを開けて若葉を乗せる。 助手席に置きっぱなしのジャケットを彼女の膝にかけて、車を発進させた。

「先生、夏でもこの服車に置いているの?」
「いつもは置いてないよ」
 けど……、とリョウの口は噤む。
「けど、なぁに?」
「だけど、一度お前に貸して家に持って帰ろうとして忘れていて、そしたらまた貸すことがあったから、そのまま車に置いてあるの」
 若葉の可愛い問いかけと、自分のしていることに急に照れくさくなり早口になる。
「そうなんだ。だったら、これ誰かにも貸した?」
「他の誰にも貸してないよ」
(この服、先生と私しか袖通したことないんだ)
 若葉は嬉しくてほっとする。

「前から思っていたけど、お前と隼人仲良いんだな」
「うん。小、中と学校同じだったからね。それに学校まで電車で三十分はかかるから、同じ学校に進学したのは私達二人だけなんだ」
「そっか。それなら隼人と付き合っていたことある?」
 リョウは先程の若葉と隼人を見て気になったことを思い切って訊ねてみた。
「はー? それはありえないっていうか、嫉妬?」
 からかうように若葉はリョウに聞く。
 リョウは「そんなわけないだろ」と左手で照れる表情をさりげなく隠しながら運転をする。
「隼人はね、中学の時からずっと付き合っている彼女がいるんだよ。R女子大付属高校の子」
「R女? お嬢様か?」
「そう。可愛いよ」
「へぇー。隼人もやるな」


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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