19、電話


「もしもし」
「若葉? あれから大丈夫だった?」
「ごめんね、昨日はありがとう。愛果のおかげで他の先生に見つからずに済んだよ。 実は昨日リョウ先生に送ってもらって……色々あったんだ」
「色々?」
「……先生と付き合うことになっちゃった」
「うっそー。何? どういうこと? 急展開じゃん」
「だよね」
「キャー! おめでとう。……ってことは今、あの二人の間では部活どころじゃないだろうね」
 愛果の興奮気味な声に、若葉は思わず想像してしまった。
「変なこと言われてなきゃいいけど」
「でもよかった。これから色々大変だけど、お互い頑張ろう。今度会った時また詳しく聞かせて。 何かあったらいつでも相談乗ってあげるし」
「うん。頑張ろうね。愛果、ありがとう」
 若葉はほっとし、電話を切る。愛果と話せて良かった。友達でいてくれて本当に良かったと思った。


 夕方頃、リョウからメールが届く。若葉は今朝リョウ専用の着信音を設定し、その音がなるとすぐさま飛びついた。
“返事遅くなってゴメン。今日は部活の後、職員室で仕事していた。 新学期まで休みはほぼないな。最後の土日も部活だし。とりあえず家に着いたら電話するから待っていて“
 休みがないことを知ると思いっきり肩を落とし、返信することはなかった。 それでもリョウからの電話は待ち遠しい。早目に夕飯を済ませ、携帯を握りしめながら彼からの着信音がなるのを待つ。

 リョウは帰宅し、シャワーを浴びてから若葉に電話をしようと思ったが、 ふと電話を待っている姿の彼女を思い浮かべる。先に電話するかと操作すると、
「はい」
「早っ」
 若葉がワンコール出たので、リョウは携帯電話を落としそうになる。
「今、帰ってきたよ」
 初めての電話にお互い照れ笑いを浮かべる。
 電話越しのリョウの声はいつもより低く聞こえて、若葉の鼓動は高鳴る。
「先生、明日でも明後日でもいつでもいいから、部活が終わったあとに会いたいな」
 いつもなら学校で毎日会えるけれど、夏休みは顔も見ることができないから寂しい。 それに憧れていたリョウとのデートしてみたいのだ。
「うーん。誰かに見られる可能性もあるしなぁ」
 今の所、椎名たちはうまくやっているが、いつどこで誰と遭遇するかはわからない。
 若葉は想いが届いたら、ますます欲が増していた。どうせ彼は自分に会いたくないのだと卑屈になる。
「わかりました。いいよ、もう。それでは二学期に教室で会いましょう。さようなら、平石先生」
 大抵の生徒は親しみ込めて“リョウ先生”と呼んでいるが、若葉はあえて苗字で呼んでやった。
「“平石先生”って。まぁ、そうなんだけど。でも普通に付き合えないことくらい解るよな?」
「うん、解ってる。冗談だから気にしないで」
 若葉自身も頭の中では、先生と付き合うことがどういうことかは理解している。 我儘を言って困らせたくはないので、必死に取り繕い「じゃあね」と電話を切った。

 半ば一方的に切られてしまった電話に、リョウは今まで忙しさを言い訳にして 何人もの女性を傷つけてきたことを思い返した。同じように若葉もそうやって傷付けるのか……。 生徒だからとさらに言い訳を加えるのか、思い悩む。


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2006-02-10
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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