11、告白


 どれくらい抱きついたままだったのか、若葉はリョウの腕の中に安心してしまって、つい離れるのが惜しくなってしまった。

「もう、大丈夫だろ……」
 リョウは若葉の体を離した。そして、俯いている彼女に優しく声をかける。
「そんなに怖かった?」
 小さく頷く若葉が愛しくなってしまい、そっと抱きしめてよしよしと髪を撫でた。

 若葉はそんな彼の優しい態度に、ますます引き込まれそうになる。 一人の男として抱きしめてくれているか、それともおびえている生徒を安心させようとしてくれている先生なのかを、聞きたい。

 リョウもそんな若葉を離すのが悔やまれるが、これ以上は踏み込んではいけないと自分に言い聞かせる。
「そろそろ寝ようか」
 玄関からすぐの部屋に布団が敷いてあるからと教え、若葉も素直にリビングを後にする。


 若葉はなかなか寝付けず、リビングへ再び戻るとリョウはソファで横になっていた。
「もう寝ちゃったのかな」
 リョウのそばにしゃがみ、じっくりと顔を見つめる。初めてだった。 今まで見たくても見ることができなかったから。

 薄暗くても小さな灯りでわかる。キリッと整った顔立ち。 ちょっとポツポツと生えているヒゲ。結構きれいな肌しているんだ、と若葉はリョウの頬に人差し指をそっと当てた。
「先生……。私、先生のこと好きになっちゃったみたいなんだ……。どうしたらいい?」
 ずっと思っていた言葉が勝手にこぼれ、口をふさいだ。
(どうしよう言っちゃった。寝ているし、聞かれてないよね)

 若葉が立ち上がろうとするとリョウは手首を掴んだ。 離そうとしても逆に引き寄せられて、リョウと若葉の唇が急接近する。
 若葉はキスを覚悟し身構える。
 しかしリョウは唇に触れることなく若葉の体を離した。
「ごめん……。悪いけど今のなかったことにして。ちょっと飲みすぎた……」
 掠れた声で小さく呟く。

 若葉はぎゅうっと押しつぶされそうな気持ちになる。 いたたまれなくなり、「ごめんなさい」と自分の寝場所に戻った。
 リョウの「ごめん」という言葉が頭の中でリピートし、タオルケットをかぶる。 なかったことにしてほしいのは、若葉の告白かキスをしようとしたことか。どちらにしてもフラれたことにかわりはない。
 若葉は声を殺しながら泣いた。


     * * *


 翌朝、リョウと若葉は気まずかった。
 リョウは表情を隠すように黙ったまま朝刊を読み、椎名は二日酔いでつぶれている。愛果は若葉の顔を見つめる。
 そんな四人に会話はない。

 朝食は愛果がパンケーキを焼いてくれ、カナダのメープルシロップもテーブルに用意し、 遅い朝食を取った。椎名は二日酔いで水しか飲んでなかったが。
 十一時頃、椎名と愛果は二人を見送り、若葉はリョウに自宅まで車で乗せてもらうことになった。 若葉は電車で帰ると言ったけれど、リョウはそれを聞かなかった。

 外は昨晩の土砂降りで水たまりがいくつかできていたが、この照り付ける太陽でじきに乾きそうなほどだ。
 リョウは何もなかったように黙ったままハンドルを握る。車内はFMがむなしく流れていた。
 そして自宅前に到着する。
「じゃあな」
「ありがとうございます……」
「ああ」
 短いやりとりをして、若葉は振り返ることなく玄関へ入り「ただいま」と靴を脱いですぐ自室へ逃げ込んだ。
 ベッドに泣きながら伏せる。
「どうして告白なんてしちゃったんだろう。校外で会うことも二度とないだろうなぁ。二学期から学校行きづらいよ……」
 若葉は浮かれすぎていたことに気付く。あの夜リョウの寝顔を見ていたら、 ずっと体に巻きついていたロープがスルスルとすべてほどけ、完全に恋に堕ちた。

 そして地面に叩きつけられた。


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2006-02-09
2012-07-05 大幅修正
2013-09-20 改稿







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