05、四人 終業式の日の夜、若葉の携帯に愛果からの電話がかかってきた。 「今週の金曜日、うちの学校で男子テニスの練習試合があるんだけど、見に行かない?」 「練習試合?」 「男子テニス部、結構かっこいい男の子いると思うけどな」 「んー、でも……」 今はまだ、誰かを探そうという気持ちにはなれない。 「若葉、新しい恋しなくちゃ」 愛果にそう言われて、はっとさせられた。 リョウのことはタオルを渡したらおしまいにするのだと決めていた。 「うん、わかった」 さっさと新しい恋をして先生への気持ちなんてなかったことにしなくちゃ、と若葉は自分自身に言い聞かせる。 * * * 金曜日。 テニスコートを囲む木々からセミの声が響き、太陽の日差しがじりじり焼き付ける。 ベンチを木陰に移動させ、若葉たちはそこから練習試合を見た。 二人の他にもちらほらと誰かのことが好きなのか、他校の生徒も含め、女子たちが応援に来ていた。 練習試合が終わり、なぜか若葉は愛果と椎名と、 そしてリョウと夕飯を食べに行くことになってしまった。 リョウたちはシャワーを浴びて、着替えてから来る。 若葉たちは私服だったので、校舎に入ることができないし、 何よりも誰かに見つかってはまずいので、学校から二駅離れた、しかも駅から数分歩いた公園前で待つことになった。 程なくして公園前の通りに白い車が止まる。 椎名は一旦車を下りて、愛果と一緒に座席に座り、若葉はリョウの助手席に乗る羽目になった。 シートベルトをして、こんな近くにいたくないのにとバッグをぎゅっと握った。 リョウは真っ白なSUVに乗っていて、背の高い彼にはこの大きな車がよく似合う。 若葉は運転姿の彼を見たらますます好きになってしまいそうだと、感情を必死に押し殺す。 「椎名、あの店って五時からだったよな?」 リョウはそう言いながらルームミラーをちらっと見た。 「たしか五時だったと思うけど」 「到着はちょうどくらいになるかな」 ナビを見ながらつぶやく。 若葉は唐突に後部座席の方へ振り返ってやる。 「キャー。二人が並んでいるところ、久しぶりに見た」 テンションを上げ、二人を冷やかした。すると若葉の頭とリョウの肩がぶつかった。 リョウは若葉の頭に手を置き、「前向いてないと危ないぞ」と、いつもの先生口調で注意する。 若葉は顔から火が吹き出るんじゃないかと思うほど顔が熱くなった。 真っ赤な顔をリョウに見られないように、黙ったまま窓の外を見る。 車をコインパーキングに停めて、お店に向かった。二分ほど歩いて着いたその店はおしゃれな居酒屋。 高校生の若葉とって、こんな店に入るのは初めてだ。まだオープンしたばかりで、 他の客は見当たらない。若葉達は奥の座敷に案内された。 「何にする?」 「俺、生中」 メニュー表も見ずに椎名が即答する。 「俺は運転手で、この二人は未成年。お前だけじゃん、酒飲むの」 「だから、俺がタクシー使おうって言ったのに」 「だって学校に行くのに車ないと困るだろ。学校に車置いたままにはできないし……」 愛果は二人のやりとりをニコニコしながら見ている。 完全オフモードのリョウを、若葉は横目で盗み見する。なんとなく先生っぽくなくて、 いつものクールな感じとは違う。クールなリョウも怖くはなくなったが、こういう優しい顔好きだなあと密かに感じていた。 「酒飲むのは俺だけだから、しょうがない。今日は俺のおごりだー。みんな好きなのじゃんじゃん頼めよ」 「お! 太っ腹」 リョウのおどけた姿を見た若葉は、いつもと違う雰囲気に思わず見惚れしまった。 愛果はメニュー表を若葉に向けて、「何にする?」と聞いた。 「何でもいいよ。あ、でも温かいものが食べたいなぁ」 エアコンが効きすぎて、ノースリーブを着ている若葉には寒い。 同じくノースリーブを着ていた愛果は薄手のカーデガンを羽織っていた。 「愛果、上着持って来たんだね」 「先生のバッグに入れてもらっていたの」 幸せそうな顔で微笑んだ。 はぁ、私も彼氏ほしい……。優しくて、大切にしてくれる人がいい。 こういう時も「大丈夫?」と気が付いてくれる人。そんな妄想をしながら、心の中で思いきりため息をつく。 椎名はビール、他三名はウーロン茶で乾杯をするが、 氷たっぷりの飲み物は身体を余計に冷やす。若葉は、温かいお茶にできるか聞けばよかったと後悔しながら、 無意識で冷たい腕をさすった。 そんな彼女の姿をリョウは見逃さなかった。 「ちょっと車行ってくるわ。すぐ戻る」 そう言いながら靴を履いて店を出て行く。 リョウの行動を読めるはずもない若葉の胸は軋んだ。 誰かに電話でもしにいくのだろうか、もしかして彼女……? ←back next→ 「cherish」目次へ戻る ・・・・・・・・・・ 2006-02-09 2012-07-05 大幅修正 2013-09-20 改稿 |