6 発覚 〜敦士side


俺のイラつきは続いた。
家にいるときは考え事をする時間が少ないせいか平気なんだ。
問題は学校にいる時。

原因はわかってる。
アイツ、ほのかだ。
さっさと振られりゃいいのに。
ほのかがいる女のグループと、西田のいる男のグループ6人でCDを何枚か並べて話しをしている。
CDなら俺が貸すって言ったのに、なんであんなヤツに借りるんだよ。

ムカつくからトイレでも行くか。
ったくどうして同じクラスなんだよ。
何かと目に付いてしょーがねー。

トイレから戻り、教室に入ろうとすると
西田がほのかに「一緒に帰ろう」と言ってるところを聞いてしまった。

……。
ふーん。
俺には関係ない。

前の学校では、たくさんのやつらといつもつるんでた。
なのに、この学校に来て特定のやつと固まったりしなかった。
自分でもどうしてか解らない。
やたらと女に声を掛けられるけど鬱陶しくて適当に返事をしていた。

この日は突然降った雨のせいでSHRが終わると何人かに止められた。
「傘持ってないなら一緒に帰ろうよ」
何で傘がないからって、こいつらと帰らなきゃいけないわけ?

「別にいらない。二人で傘さしたってどうせ濡れるだけだし」

早く帰りたかった。
天気予報がはずれたせいで、いつもよりも2人で傘をさしてるやつらが目立つ。
そんなのを横目に足早に歩いた。
その時

「あっちゃん!」

振り返るとほのかだった。
彼女は自分が濡れるのも気にしないで傘を差し出し

「一緒に帰ろう」

そう言って微笑んだ。
なんでそんな顔するんだよ。
俺はいつもお前に冷たくしてるのに。
俺のことなんてほっとけばいいのに。
まるで飼い主に忠実な犬のようだった。

「お前、西田と帰る約束してなかった?」

すっかり濡れてしまった ほのかに傘を戻した。

「やっぱり聞こえてたんだ。
 でも断ってきたの。西田くん、傘持ってるって言ってたし…」

西田…?
俺にその名前を出すな。
ほのかの話が聞きたくない俺は避けるように走った。

「待って! 風邪引いちゃうよ」

追いかけてくる ほのかを無視した。
水溜りを踏みつけながら走る二人の足音がやけに耳に入る。

駅に着き、ようやく雨から逃れることができた。

「待ってよ! せっかく傘入れてあげようと思ったのに…」

たぶん、なにげなく言ったであろう、ほのかのその一言で
俺はどんでもないことを口にしてしまった。


「せっかく? あげようと思った?
 それはどうもわざわざありがとう――…なんて言うと思う?
 ふざけるなよ。そういうのウザイ。
 お前の好きなやつって西田なんだろ。
 本当の姿を隠してまで、好きになってもらおうなんて思ってるんじゃねーだろうな。
 アイツ本当のこと知ったら幻滅するだろーな」

「……」

ほら、黙った。
都合が悪くなると黙るんだよな。

「なぁ、俺が代わりに言ってやろうか? それで、さっさと振られろよ」

電車がゆっくりとホームに入り、俺は乗り込んだ。
振り返ると、ほのかは乗っていなかった。
閉まったドアの向こうで、ホームに残った ほのかが一粒の涙を落としたのを俺は見逃すことができなかった。

電車は走り出した。
そして今頃、手にしていた ほのかのタオルに気がついた。

広げてみるとスポーツタオルだった。
こんなの2枚も持ち歩いてるはずないよな…。
あいつだって、びしょ濡れだったのに。

当たり前だけど、人間は犬よりも言葉を理解することができる。
だから簡単に傷つけることができてしまうんだ。


家に帰り、すぐ熱いシャワーを浴びた。
なんであんなひどいこと言ってしまったんだろう。
シャワーから出て、爺さんが
「ほのかはどうした?」
と聞いてきた。

ほのかはまだ帰って来てなかった。
電話して、今どこにいるのか聞いてみようと思ったけど
いつも一緒にいる俺は、初めてアイツの携帯を知らないことに気づいた。

「携帯に電話してみたらどうですか?」
爺さんに聞いてみると
「持たせていない」
一言そう答えた。

今時、小学生でも持ってるぞ…。

それから、稽古の時間になっても、夕食の時間になっても
ほのかは帰ってこなかった。

爺さんが、何度も時計を見る。
時計は8時を回っていた。

もしこのまま帰ってこなかったら。
事故にでも巻き込まれていたら。
どうしたらいいんだ…。

毎日、朝も昼も夜も ほのかといて、可愛い所をどんどん知っているはずなのに
目の前で他の男に浮かれてるのが許せなくて、傷つけることしかできなくて
何故、アイツのことを素直に思い遣ることができなかったんだろう。

あんなことを言い放して、電車に乗ってしまったことを激しく後悔した。


「探しに行ってきます」

玄関を飛び出し、駅に向かうまでの道のりを探した。
途中の公園も。
けれど何処にもいなかった。
まさか、あのまま電車に乗らず駅にいるとか…?
改札口を通り、学校に向う電車に乗った。
しかしその駅にも ほのかはいなかった。

すれ違ったのかもしれない。
再び電車に乗り引き返した。

駅に着き、もう一度家の周りを探した。
どこ行っちゃったんだよ。

すると見慣れた後ろ姿があった。

ほのか…?

ほのかだった。
いた。
よかった。

不安だった気持ちとか全部を飲み込み、ほのかに声をかけた。

「何にやってたんだよ? 探したんだぞ」
「あ…あっちゃん…。色々あって…。ごめんね…。
 それから、もう隠さなくていいよ」
「何が?」
「私の秘密、全部バラしちゃっていいよ」

何だよ。そんなこと急に。
もしかして、それは俺があんなこと言ったから?
西田のことが好きだから…?

「そうだよ」と彼女が頷くのが怖くて、問い詰めることができなかった。

ほのかがそうしたいなら、そうすればいい。
俺はもうお前が帰ってきてくれただけでいいよ。

今までほのかと西田のことで散々ムカついてきたのに、不思議とそれを受け入れてしまう自分がいた。


家に戻ったのは9時半を過ぎていた。
玄関には爺さんがすごい剣幕で立っていた。
ほのかはすぐ頭を下げた。

「ごめんなさい…」

「お前は何を考えてるんだ!」

ほのかに理由を聞きもせず、爺さんは怒鳴りつけた。
そしてその瞬間、手を振り上げた。

「ちょっ…」

とっさに、ほのかを自分の方へ引き寄せ、彼女が叩かれるのを阻止した。
小さな体は俺の胸の中にすっぽり入ってしまった。

手を止めた爺さんは
「早く離れなさい」
そう残して家の奥へと消えた。

俺はただ、ほのかをかばうことしかできなかった――。

「ごめん…」
思わずきつく強く抱きしめてしまった。

ほのかはすぐ俺の体を離し、
「ううん。ホントに心配かけてごめんね…」
こっちを見向きもせず、脱衣所に入って行った。

 *

翌朝。
いつもは一緒に朝食を取るのに、ほのかは部屋から出て来なかった。
「学校に行こう」と誘うと
ほのかは「まだ準備できてないから先に行ってて」とあからさまに俺を避けた。


一人で乗る満員電車は、ただの息苦しい乗り物にしかすぎない。

逆の立場になってようやく、ほのかの気持ちに気づいた。
両親を亡くして、寂しくあの冷たい家で暮らし
誰にも労わってもらえず、厳しく育てられ
そんな中で俺が優しくしてやらないでどうするんだよ。

両親がジュネーブに行く前に母親が言った言葉。
「ほのかちゃんに優しくしてあげなさいよ」
ようやくその言葉の意味を解った気がした。

自分のことが許せなかった。


教室に入ると、いつもよりも騒がしい。
その輪の中心を見ると新聞が広げてあった。

「後ろから回し蹴りだってよ」
「怖ぇー」
「でもアイツがな。想像できねー」

回し蹴り?
何があったんだ?

近くの席のやつに聞いてみると
昨日の夜、うちの学校の生徒が連続ひったくり犯を捕まえたらしい。
新聞には女子高生としか載ってなかったが、
たまたまバイトの帰りに通りがかったやつが、警察と話をしている所を目撃したそう。
それが、ほのかだというのだ。

嘘だろ…?

まさかこんな形でほのかの秘密がバレるとは思ってもみなかった。
どうしたらいいんだ?
俺の頭の中は秘密を隠すことだけしかなかった。


ほのかが教室に入ってくると、噂していた奴らは一斉に彼女を囲んだ。

「これって水野なのか!?」
「見たってやつがいるんだけどさ」

「………」
質問攻撃されたほのかは、立ちすくんでいた。

「どんな感じで捕まえたの?」
「ちょっと見せてみろよ」


うるせー。
黙れ。
「――お前ら…」
ガタッと椅子から立ち上がった瞬間、ほのかは口を開いた。

「みんな情報が早いなー。ばれちゃったらしょうがない。実は私の家、空手道場なんだ。
 で、昨日はたまたま学校帰りに寄り道をしてて、そろそろ帰ろうかなーと思ってたら
 後ろから『泥棒!』って叫び声が聞こえて、私の真横を走って行ったヤツが女の人のバッグを抱えてたの。
 とっさに自分の重いかばんを投げつけたんだけど、殴りかかってきたから得意の回し蹴りをしたんだよ〜」

ショックな顔一つせず、平然と答えると
「おお!」という声が上がった。

「マジでお前だったんだ」
「回し蹴りって、ちょっと見せてみろよ」
興奮した一部のやつらが、ほのかに口々に言った。

「それは…」
ほのかは下を向いてしまった。

「回し蹴り! 回し蹴り! 回し蹴り!」

ほのかを囲んでいたやつらは大騒ぎし出した。
ふと西田の方を見ると、黙ったまま ほのかを見ていた。

もうこれ以上、見ていられなかった。

「お前ら、いい加減にしとけよ」

輪をかき分け、ほのかの手を取り
教室を出て、渡り廊下まで連れ出した。
下を向いていた ほのかの顔を覗き込むと
ほのかは泣いていなかった。

「お前、さっき言ったこと本当なのか?」
「うん…」
「怪我は!?」
「怪我? 手加減したから怪我なんかさせてないよ」
「違う! お前の」
「私か…。全然、大丈夫だよ」

その一言で俺は座り込んでしまった。
はー…。
よかった。

「空手のこと、本当にこれでよかったのか?」
「うん。ほら、先生もうすぐ来るよ。教室戻ろう」

ほのかが俺の手を引っ張り上げた。

教室へ戻ると、今度は
「二人って付き合ってんの?」
と俺とほのかに質問が向いた。

「違うよ」
ほのかは即答した。

「じゃあ何で、手ェつないでるんだよ」

手?
いつのまにか繋いでいた手をパッと離した。

このままだと、俺とほのかのことを西田が誤解する。
そしたら ほのかはまた傷つく。

「俺はコイツの家に下宿してんの。それだけ」

思わず本当のことを話してしまった。
秘密守れなかった。
ごめん。

「どういうことだよ?」
教室がまた騒ぎ出したところでチャイムがなり、担任が教室へ入ってきた。
「こらー。お前らチャイムなったらすぐ席につけー」


この日は、ほのかも俺も質問攻めに合い、最悪の1日だった。
一通りの説明をすると、二人の間に恋愛という文字が重ならないと勝手に納得された。

そして帰りも、ほのかはいつもと時間をずらし、一緒の電車に乗らなかった。
もしかしたら、もう二度と一緒に登下校することはないのかもしれない。



夜、眠れなかった俺はキッチンへ行くと、縁側にほのかがいた。
食器棚からグラスを二つ出し、麦茶を注いだ。
近づくと、ほのかは夜空を見上げてた。

俺は見てしまった。
ほのかの背中を。
小さくて、寂しそうで、今にも壊れてしまいそうで…。
そんな感情をぐっとこらえ、ほのかの隣に座った。

振り向いた ほのかにグラスを差し出すと「ありがとう」と受け取った。

「今日はごめんな。下宿のこと言うつもりはなかったんだけど」
「えっ!? 謝ってくれるの? そんなの別にいいよ。
 だって、あっちゃんと会った時からバラされる覚悟してたしね」

ほのかは俺に一瞬笑いかけ、また夜空を見上げた。

「まぁ、確かに脅したこともあったけどさ。
 昨日、もしも西田と帰ってて、俺があんなことさえ言わなかったら
 今頃秘密は守られていたんじゃないかって思わないのか?
 それとも西田には言おうと思ってたの?」

「思ってないよ。形はどうあれ皆に知られるのは、そういう運命だったんだよ。
 それにね、西田くんのことはもういいの」

「は?」

どういうことだよ。
もういいって…。

「“運命”って言葉は便利だよね。
 いい時にも、悪い時にも使える。悪い時には全部“運命”のせいにしちゃえばいいんだし。
 …私ね、西田くんのこと運命の人だと思ってたんだ。でも間違っちゃったみたい」

ほのかは、ふっきれたように言った。

西田のことやめたのか…。
そうなんだ…。
でもそんなにあっさり諦めることなんてできるのか?


「空手、小学校までしかやってなかったんだよね? どうして辞めちゃったの?」

ほのかが問いかけてきた。

「中学はサッカー部に入りたくて、空手習う時間がなかったから」

って、それもあるけど空手が嫌だったからとは情けなくて言えなかった。
今は昔ほど嫌じゃないけど。

「ふーん。いいね」
「何が?」
「私ピアノが習いたかったんだ。でも習わせてもらえなかった」
「そっか」

あのジジイめ、どこまで強情なんだよ。

「前の学校はサッカーしてたの?」
「ううん、やってない。バイトしたかったから」
「なんかいいねぇ。好きなことやらせてもらって」

また、ほのかの顔が少し曇った。

「空手やってること知られるのは嫌だったかもしれないけど、空手は嫌いじゃないだろ?
 俺はお前の空手姿見ててそう思うよ。かっこいいし」

とっさに出た言葉だけど、嘘や出任せじゃない。
本当にそう思っていた。
凛としてて、
そう“綺麗”という言葉そのものだ。

「女の子なのに、かっこいいって言われるの嫌だよ」
「んー…。じゃあ綺麗って言っといてやる」
「綺麗かぁ。お世辞でも綺麗って言われたのなんて初めてだよ。
 ずっと、女じゃなく男の子に生まれればよかったって思ってたから」

クスッと笑った ほのかが無理してるように思えた。
そんなほのかの姿に、今まで味わったことのない気持ちが溢れ出した。

ああ、そうか。
俺は
ほのかのことが
好きなんだ――。

「俺はお前が女に生まれてきて良かったって思ってるよ」
「……?」
「じゃあな、おやすみ」

これ以上、この気持ちがこぼれる前に部屋に戻ることにした。

少しすると、階段の足音が小さく聞こえた。
ほのかも部屋に戻ったみたいだった。
それから無性に隣の部屋にいるアイツが気になって仕方がなかった。

ほのかは、何を想いながら眠りにつくんだろう…。

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2006-06-15


ちょっぴり補足です。
ほのかがひったくり犯を回し蹴りしましたが、
この場合、本当は蹴っちゃいけないかもしれません。
ですので、あくまでも「お話」ということで突っ込みなしで読んでいただけたら幸いです。
まぁ、あちこち突っ込み所はあるんですが…。



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