4 出逢い 〜敦士side


高校生にもなって転校するなんて思ってもいなかった。
しかも5月の終わりという中途半端な時期の転校。

2年生にあがってすぐ、その話を両親から聞かされた。
初めは嘘だろと疑った。
父親のジュネーブへの転勤。
そして母親も付いて行くということ。
俺は一人で、父親が昔世話になったと言う家に下宿することになった。
一人で家に残りたいという気持ちもあった。
けれど、溜まり場にしそうだからと親は息子の俺を信用しなかった。
…まぁ、結構遊んでたからね。
悪いことは一切していなかったけど。


転校する事を学校やバイトのやつらに話すとみんなかなり驚いていた。
付き合ってた同じバイト先の彼女は別れたばかり。
原因は彼女の浮気。
その彼女ももちろん動揺していた。
心の底では喜んでるんじゃねーの、なんて思ったりもした。


新幹線と電車を乗り継ぎ、下宿先へ向かう。
これから住む新しい家は父親が昔住んでいた街にある、空手を習っていた道場らしい。
そういえば小学生の頃、習わされたっけ。
厳しくて毎週行くのが嫌だったのをすごく覚えている。
5年ぶりくらいに空手やらされるのか。


下宿先には俺と同じ年の女がいると聞いていた。
どんなヤツだろう。
空手の腕前がすごいらしい。
どうせ男みたいな女だろうなんて思ってたら、母親に
「ほのかちゃんに優しくしてあげなさいよ」
と念を押された。
何が“ほのか”だよ。
少し…いや、かなり気が重かった。


「水野空手道場」とでっかい筆文字の表札と和風な門構え。
その横にあるインターフォンを押した。
中へ進むと玄関が開いた。
これが、これから世話になる爺さんか。
いかにも空手家って感じの厳格な雰囲気を持つ年寄りだった。
その横には女の子が立っていた。
近所の子か誰か?

自分の名前を言い頭を下げた。
これでも外ヅラはいいほうなんだ。

すると「孫のほのかだ」と紹介された。
ほのか?
これが、ほのか…。
想像と全く逆だ。
かわいい分類に入る、おとなしそうな女の子だった。

いや待てよ。
外見なんて親から譲り受けるもんなんだから関係ない。
問題は中身だ。
きっと男みたいなやつに決まってる。

決まってるはずなのに

「あのー…敦士くん…。あのね、これから同級生って言うことで
 言っておかないといけないことがあるの…」

わざとか?
その喋り方。

「何?」

そっけなく返事をしてやった。

「私ね、学校のみんなには空手やってること秘密なの。
 だから明日みんなに何か聞かれても私と一緒に住むこととか
 うちが空手道場だってことも内緒にしててくれるかなぁ」

そういうこと。
男勝りなのを隠してるわけね。
そんなこといつからしてるか知らないけど、俺には関係ない。

「さぁ? 俺が言うか言わないかは、お前次第だろうね」

こうでも言っとけば、おとなしくしててくれるかな。
そう思ったのに、ほのかってやつは階段を駆け下りていった。
あいつ、チクリ魔か?
すかさず後を追った。


静かな昼食。
話すのは爺さんだけ。
ほのかは黙って、時々「はい」と返事をしながら話を聞いていた。

その時。
パッと目に入ってしまった。
ご飯を食べている彼女のTシャツの袖から伸びる細い腕と、その小さな手にはアザや傷。
稽古か試合で受けたんだと思う。
こんな傷があるのに学校では隠してるのか?
そんなの無理じゃねーの。
そもそも隠す必要性がわからなかった。


稽古前には俺の締めている帯の色を見て
「茶帯じゃん」って笑うし
いきなり
「これから茶帯あっちゃんって呼ぼ」
なんて言うし。
こいつを理解できる日なんてくるのか。

そう思った彼女と初めて出会った日のこと――。


 *


翌日。
初登校で初めて味わった、あの通勤・通学ラッシュ。
車内はエアコンがついているというのに蒸し暑かった。

電車の揺れと人が押し合うのを必死につかまって耐えている、ほのかを見下ろした。
真後ろに立っているサラリーマンの息が彼女の髪にかかって揺れている。
気づいているのか、気づいてないのか、ほのかは動じてない。
ったく。避けろよな。
俺は彼女とサラリーマンの間に入った。
するとサラリーマンは「ハッ」とした様子だった。

触ると痴漢だってバレてしまう。
だから後ろに立ち、あえて手は出さずに、
女子高生の体温と匂いを味わっている、タチの悪い痴漢だった。
ちょっとは警戒しろよ。

学校の最寄りの駅に着き、やっと電車から抜け出す。
それから、ほのかはトイレに寄るからと言い、俺は同じ制服を着た生徒の後を歩いた。

編入試験は前の学校を通して受けたので、転校先の学校に来るのはこの日が初めてだった。

でっけー。

それが初めてこの学校を見た時の印象だった。
校門の横には、どこにどの校舎があるかが書いてある看板があった。
通りがかった教師と思われる人に職員室の場所を聞き、その人に案内された。
相談室で少し待たされ、チャイムがなると担任と一緒に教室まで向かった。

教室に入り、すぐほのかを見つけてしまった。
同じクラスか。
どうしてこういうお約束展開になるかな。
朝のSHRが終わるとさっそく、予想通りの展開が続く。
「どこから来たの?」
「彼女はいるの?」
面倒だから適当に返事をしておいた。

ほのかのほうに目をやると友達と楽しそうに話をしていて
スカートが10センチ以上、短くなっていることに気づいた。
化粧もしてるのか?
その姿は普通の女子高生だった。

そうか。
これが空手を隠している姿か。
少し面白そうだと思った。
いつ、どんな形でバレるかな。
楽しみだ。


その日の夜。
出された課題をやる。
学校から帰ってきて、すぐ稽古をし、飯を食って風呂に入って、それから課題。
俺はやらないけど、あいつはその後、予習・復習もするのかな。
これじゃ自分の時間なんてほとんどないじゃないか。
毎日あいつはこんな生活してるのか。

しかも授業のレベル高いし…。
仕方なくほのかに参考書を借りることにした。


「あのさー、数学の参考書貸してほしいんだけど…」

部屋のドアが開き、「はい」とパジャマ姿のほのかが出てきた。
思わず目をそらした。

「サンキュ。…ん? お前“Destiny”なんて聴くの?」

ふと自分の知っている曲を耳にした。

「あー…今日、借りたの」
「ふーん。俺もそのCD持ってんだけど12曲目がすげーいいよ。
 Destinyだったら他にもあるから今度貸してやるよ」

割と気に入っているアーティストだったから、アルバムは全部持っている。
せっかく一緒に住むんだし、こういうのも悪くないと思った。



なのに。
翌日、あいつがCDを返している相手は男だった。
あの顔、あの目。
そうか。
あの男のことが好きなんだ。

そう気づい時から無性にイライラするようになった。
どうしてか腹が立つんだ。
好きだったら、さっさと告白でもして
そして――

振られればいいのに。

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2006-06-04



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