3 片想い


月曜日。

茶帯あっちゃんの初登校日と言うことで、私もお供しなければいけなかった。
会話がないまま駅に向かい電車に乗った。

「結構、混んでるんだな」
あっちゃんが私に声をかけた。
「いつもこんな感じだよ。でも次の駅でもっと混むから」
出入り口のそばの手すりが私の指定位置。
背が高くないから上の吊り輪は疲れるんだ。
隣に立っているあっちゃんを見上げると余裕で吊り輪に手をかけている。

電車は駅で止まり、反対側の扉から人がさらに詰め込んできた。
後ろにいた中年のサラリーマンが私に密着し、その人の息が髪にかかる。
気持ち悪い。
でも別にこれくらいどうってことはない。
触られたら私の“腕”が黙ってないし。

なのに。
あっちゃんが、私とサラリーマンの間に入ってくれた。

ひゃ〜…。
これって女の子扱い?
男の子とくっつくなんて初めてだからドキドキする。
こんな状態のまま、あと二駅。
今日ほど早く着いて欲しいと願ったことはなかった。

そしてやっと電車から吐き出された。

「よく毎日こんなのに乗ってんな」
「まあね…。前の学校は何で通ってたの?」
「自転車通学だった」
「そっかー。じゃあ慣れるまで大変かもね」

不思議だった。
初めての会話が最悪だっただけに、こんなにも普通に会話しちゃうなんて。

でもとりあえず、ここでおしまい。

「私トイレに寄ってくから。あとは同じ制服の子達についていけば行けるでしょ?
 職員室は誰かに聞けば教えてくれるよ」
「わかった」

あっちゃんは改札口を出て学校へ向かう道に進んだ。
私はトイレに入った。
バッグからポーチを出し、フェイスパウダーを薄く滑らせ、
ビューラーとマスカラでまつげを上げ、仕上げにリップグロスを塗る。
アイブロウだけは一応、家で済ませてあるから確認だけ。
それからスカートのウエストを折り、丈を短くする。
これで完成。
いつものスタイルになった私は学校へと歩いた。
そして歩きながら祈った。

――神様。どうか、せめて同じクラスにだけはなりませんように。


けれど神様はどこまでも私に光を与えてくれない…。


「今日から、このクラスの一員となった、藤井くんだ」
先生の紹介で、あっちゃんは皆の目の前に立つ。
そう。私のいる教室で――。

「藤井敦士です。よろしくお願いします」

初めて会った時と同じように、彼が丁寧にお辞儀をすると
皆の拍手と、ザワザワ話す声で教室を響かせる。

一番後ろの用意された席に歩いていく途中、女の子たちは次々と振り返りながら目で追った。
私は目を合わせないように下を向いていた。



お昼休み。
チサとマコといつものように食堂に入った。
うちの学校は大学と併設しているだけあって学食も充実している。
そしてこの二人は私が放課後遊べなくても、
どんなに付き合いが悪くても、ずっと友達でいてくれるのだ。

カウンターでランチを受け取り、席に座った二人が口々に言った。
「今日来た藤井くん、かっこいい!」
「なんか、あの涼しげな眼差しがいいよね」

「そっかなぁ…。だって茶帯だよ?」
「チャオビ??」

やばっ!
つい口を滑らせてしまった。
箸に取ったご飯を落としそうになる。

「あー、えーっと…茶…、茶色…。そう…もうちょっと髪が黒い子がいいなぁ」
「西田くんみたいに?」
チサが、イタズラな顔をして私に言った。
「そうそう」
否定しない私に
「もう、ほのかは西田くん一筋なんだからー」とマコもからかう。
「まあねー」

「ほのかの運命の人、なんでしょ?」
「うん…」

私が片想いをしているのは、同じクラスの西田くんだ。



西田くんとの出会いは1年生の時。場所はここ、学校の食堂だった。
その日、私は前日から腕を痛めてて(もちろん空手で)蕎麦の器を持つだけでもつらかった。
席に運ぶ途中、一旦どこかに置けばよかったのに私はそれをしなくて
床に落としてしまった。
まだ食べる前で、辺り一面の床を汚してしまい、急いで雑巾を取りに行こうと思ったら
真っ先に私の所に来てくれたのが西田くんだった。

「大丈夫? やけどしてない? 制服は?」
その声に首を振ると
「よかった」と彼は微笑んだ。

西田くんは同じクラスでもない私に声を掛けてくれて、一緒に片付けまでしてくれて。
私は一瞬で西田くんを好きになった。
そして2年生の始業式、クラス発表を見て「運命」だと思ったんだ。



学食を食べ終え、教室に戻ると。

「あ。水野さん」
西田くんは、私が教室に戻ってくるのを待ってたかのように、私に声をかけてくれた。

「昨日、話してた“Destiny”のアルバム持ってきてるけど聴く?」
昨日のコト、覚えててくれたんだぁ。
「うん。聴きたい」
西田くんは私にCDを差し出した。

「3曲目がオススメだから」
「3曲目? わかったー。ありがとう」

CDケースが傷つかないように、バッグに入れてあったハンドタオルで挟んだ。
好きな人から物を借りるのって初めてだった。
別にプレゼントでもないのに、借りただけなのに嬉しくてしょうがない。


家に帰って、稽古も終えて、早く聴きたいなー。
いつもは足取りの重い帰り道も、なんだか楽しかった。


駅に着くと、帰りの約束してなかったあっちゃんとホームで会ってしまった。

彼は私の方をチラッと見て
「へぇー、電車乗る前に直すんだ」
と言ってきた。

何を指して言ってるのか、すぐ解った。
化粧とスカートだ。

黙っている私に
「これで二つ目の秘密を握ったな」
線路の向こう側の看板を見つめたまま呟いた。

せっかく今朝はちょっといいやつかも、って見直したのに。
やっぱりコイツは腹黒なんだ。
人の秘密を弄ぶんだ。
でもそんなことどうでもいいくらい浮かれていた。
西田くんから借りたCDがあったから。



その日の夜、課題をしながらCDをかけた。
3曲目だったよね。
1曲目から聴かずに西田くんオススメの3曲めを先に聴いた。
「ん? 3曲目だよね…」
いまいちピンとこなかった。
歌詞がいいのかなと思って歌詞カードを見る。
別に…だなぁ…。

その時。
部屋の扉がノックされた。

「はい?」
「あのさー、数学の参考書貸してほしいんだけど…」
「ちょっと待って」

参考書を本棚から取り出して、部屋のドアを開けた。

「はい」
「サンキュ。…ん? お前“Destiny”なんて聴くの?」
部屋に小さく流れていた音楽に気づいたみたいで、あっちゃんが聞いてきた。
「あー…今日、借りたの」
「ふーん。俺もそのCD持ってんだけど12曲目がすげーいいよ。
 Destinyだったら他にもあるから今度貸してやるよ」
そう言って、部屋に戻って行った。

12曲目。
CDをスキップして12曲目に飛んだ。
ホントだ。
切なくて、すごくいい曲だった。
じゃあ、西田くん、この曲と間違ってたのかな…。
全曲聴いても、やっぱり一番気に入ったのは12曲目だった。


翌日、西田くんにCDを渡した。
「CDありがとう」
「あれ? もういいの?」

また聴きたくなったら あっちゃんに借りればいいし、なんて口が裂けても言えない。

「3曲目聴いた?」
「うん」
「いい曲でしょ。あのギターの感じがいいんだよね」
「うん…。そうだねー」

やっぱり、西田くんが言ってた曲は3曲目だった。
だって12曲目はピアノだけのバラードだったから。

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2006-05-26



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