幸せなクリスマス


「ほのか、今年のクリスマスはどうするの?」

2学期の期末テストも無事に終わり、もう少しで冬休みということで、みんな様々な計画を立てている。

私も友達のチサとマコと3人でクリスマスの話題で持ちきりだった。

「あっちゃんと過ごすんだよね。いいなぁ」
「一緒に暮らしてるんだもんね。デートしてても“帰らなくちゃ”ってことがないから羨ましい」
マコとチサは嘆くように言う。
「クリスマスだからって、うちは何にもないよ。
 昔からクリスマスだからケーキやご馳走を食べるとかそういうのないの」
私がそう言うと二人は口々に
「何それー」
「クリスマスはクリスチャンでもないのにパーティーをして、お正月には神社へ初詣に行く。
 それが日本のいいところなのに!」
なんて自分ちのことのように文句を言った。


子供の頃から、テレビでケーキやチキンのコマーシャルを見るたびに冷めた目で見てしまっていた。
我が家のクリスマスにはそんなものは一つも並んだことはなかったから。
唯一、隣に住んでいる おばさんがたくさん作ったオードブルをおすそ分けしてくれていた。
これは最近知ったことなんだけど、おばさんは毎年いつも私達をクリスマスに誘ってくれていたけれど
おじいちゃんはそれを断っていたらしい。


街中にはクリスマスカラーとイルミネーションで飾られる。
小さな子が、おもちゃ屋さんのショーウィンドウを覗きながら手をつなぐお母さんに
「ママ、あたしコレがほしい!」とおねだりをし
お母さんは「はいはい。じゃあサンタさんに頼んでおくね」優しく微笑みながら答えた。

こういう風景を何度目にしたのだろう。
子供の時、あの子たちのように私も素直に言えていたら…。
でも言ったら、おじいちゃんに叱られていたかな。



「ほのか、どうした?」
学校からの帰り道、あっちゃんが私の顔をのぞき込みながら訊く。
「ううん、なんでもない」

「もうすぐクリスマスだなぁ。ほのかは何が欲しい?」
「え?」


『何が欲しい?』

初めて聞かれた言葉に、少し戸惑ってしまった。

――私が欲しいもの…?


「…何にもいらないよ」
何もいらない。
小さな頃から、欲を出さないように生きてきた。
こうしたいとか、あれが欲しいとか、そういうことは軽く口には出せなかった。

「“何も”ってさー。俺、結構しっかりしてるから、前バイトしてた時の貯金がまだあるんだよ。
 心配すんなって」
あっちゃんが私の頭をクシャっとして、自分の方へ引き寄せる。

「残念だけど、我が家はクリスマスを祝う風習がないんだよ」
「は?マジで? 何だ、それ。日本はなー、クリスチャンでもないのに…」
あっちゃんまで、チサ達と同じことを言い出した。

「大丈夫。俺が爺さんに交渉するから」

「あっちゃん…」
そんなことしたら、おじいちゃん、また怒るよ。
そう引き止めようとしたら

「大丈夫」
あっちゃんは振り返ってもう一度言った。

あの時、街で見かけた小さな子のお母さんが「サンタさんに頼んでおくね」
と言った時と同じような、優しい顔をして。


 *


翌日。

「ほのか、朗報だ」
すっごくご機嫌な顔をした あっちゃんが私の手をぎゅっと握って言った。
「クリスマス、いいってさ。その代わり自分達でメシ作れって」

え…。
おじいちゃんが許したの?
一度もそんなことしたことないのに…。
たしかに17歳の誕生日に
「これからは自分のことは自分で責任を持って好きなことをすればいい」
って言われたけど…。

「何作る? やっぱりでっかいチキンは必須アイテムだよな。
 ケーキは、なんとかノエルって言うのがいいな」

隣ではしゃぐ あっちゃんとは裏腹に、私の気持ちは複雑だった。



その日の夜。
あっちゃんがお風呂に入っている時、おじいちゃんが私に声をかけた。
「ほのか、ちょっといいか」
もしかして、クリスマスのこと…。
ビクビクしながら「何?」と聞くと、
「クリスマスのことだけど、ほのかが敦士に頼んだのか?」
やっぱりクリスマスのことだ。
「う…うん…」
正確にはそうじゃないけど、なんとなくそう答えておいたほうがいいような気がして
そう答えておいた。

「ほのかは敦士には、自分の言いたいこと、自分のしたいことが言えるのか?」
「え…?」
おじいちゃんの言いたいことがよく解らなかった。
「あ、いや…。それならそれでいいんだよ」
結局おじいちゃんは口を濁したまま、リビングを出ていってしまった。


 *


クリスマスイブの日。
メニューはおじいちゃんも喜んでもらえるように、
それから私たちにも簡単に作れる、というか用意のできる手巻き寿司にした。
チキンは温めるだけのものにし、ケーキはロールケーキ買って、それに生クリームで飾ることにした。

ケーキもなんとか完成して、寿司飯や、お刺身などの皿をテーブルに並べた。
おじいちゃんには熱燗を、私たちはジンジャーエールを注ぎシャンパン気分に。
はじめは心配してたけど、おじいちゃんも楽しんでくれてるみたいで安心した。

「あっちゃん、海苔にご飯乗せすぎ! 色んな種類楽しめないよ!」
「じゃー、具をいっぱい乗せりゃーいいじゃん」
「うわっ、具と具が喧嘩しそう」

あっちゃんが我が家に来てくれたおかげで、私たちは心から笑えるようになった気がした。

それからケーキを食べ、おじいちゃんは一つの小さな箱を私たちに渡した。
あっちゃんのご両親から届いていた小包だった。
「時計だ」
あっちゃんが一つずつテーブルに乗せていく。
3つ並んだ時計を、おじいちゃんと私に渡してくれた。
私とあっちゃんのはさりげなくペアだった。

そしておじいちゃんから封筒を渡された。
「これは、おじいちゃんからだけど、何がいいか分からなかったから冬休み二人で使いなさい」
そう言ってお金をくれた。

たぶんおじいちゃんは、あっちゃんと私が好き合っていることを知っているのだと思う。
けれど何も言ってこない。
それはきっと、私が あっちゃんがいないとダメだということを解っていて
あっちゃんも私のことを大切に想ってくれていることを、おじいちゃんは知っているからだろう。


小さいけれど家族で祝うクリスマスパーティー。
幸せなクリスマスだった。
これから毎年続きますように、と心から願った。


 *


日付がクリスマスイブからクリスマスに変わる頃。
私はあっちゃんに呼ばれて、彼の部屋に行った。

部屋は暗く、テーブルにはひとつのキャンドルの灯りが揺れていた。

その横に何も飾られていない小さなクリスマスツリーがあった。

「今からほのかに17年分のクリスマスプレゼントをあげるから」
「うん…」

なんだかよく分からないまま隣りに座った。

「まずは1歳」
あっちゃんは、そのクリスマスツリーに一つオーナメントをかけた。
「2歳」「3歳」「4歳」
1歳ごとにツリーにオーナメントが増えていく。
「16歳」
もうツリーには飾りがいっぱいだ。
「17歳。今年だね…」
そう言って、ツリーのてっぺんにリングを引っ掛けた。

17年分のクリスマス。
あっちゃんは、いつも私も気持ちをわかってしまうね…。
私がほしかったのは17年分の幸せなクリスマスだったのかもしれない。

そのツリーを見て、涙が勝手にあふれてきた。
瞬きをしたら、こぼれてしまう。
だから必死で我慢をした。

「ほのか…」
抱きしめられた瞬間、私の目から涙はこぼれ落ちてしまった。
「今年の分はこっちの方がいいな」
ツリーから外されたリングを私の指にはめてくれた。

「ありがとう」
ぎゅうっと、今度は私の方から抱きついた。

それから私もあっちゃんにプレゼントを渡した。
お店の奥で革のアクセサリーが作れるという雑貨屋さんを知って、
そこで革のブレスレットを作ったのだ。

「一応、自分で作ったの」
「へぇーすげーじゃん。ありがとう。着けて」
私はあっちゃんの手首にブレスレットを着けた。
革がまだちょっと硬くて付けにくくて手間取ってしまった。

「はぁー、やっと……」

やっと着けられたと言おうと瞬間、唇をふさがれた。

「目の前にさ、お前の顔があるのに、じっとしてられると思う?」
「あっちゃん…?」

今度は身体を持ち上げられ、ベッドに乗せられる。
そして羽織っていたパーカーのファスナーを下げられてしまった。
ウエストからあっちゃんの手がもぐりこんでくる。
「ちょっ…」
止めようすると、大きな手で口を塞がれてしまった。
たくし上げられたパジャマから自分の胸は露となった。
胸の上の方にちゅーっと口付けられ、あっちゃんはスッと私のパジャマを元に戻した。


やめちゃうの…?

「あ、今これで終わり?って顔しただろー? エロいなー。ほのかは」
「バカ! 違うよ!」

違う。
こんな聖なる夜に……


……愛し合いたいに決まってるじゃん。


「声、我慢できる?」
「ど…努力します…」

そして仰向けになったままの私に、あっちゃんがダイブした。

そんな今年のクリスマス。
世界一幸せなクリスマス。


おわり

←back

2006-12-22


←web拍手です。ご一緒に感想などいただけると嬉しいです。



|| top || novel || blog || link || mail || index ||

 

inserted by FC2 system