14 もっとそばに…


あの日から会話はあるものの、夜中縁側に行くことはなかった。
あっちゃんも私も何となく誘わなかった。
指1本も触れてきてくれなかった。

こんなことになるなら、あのまま流されたほうがよかったのかな。
そしたら今頃…。
でもマコのお姉さんが言った言葉を思い出すと、これで良かったんだと思うしかない。
もうあの日の夜には戻れないのだから。

明日はおじいちゃんが合宿に行く日。
遊園地に行こうって約束をしてたけど、もしかしたら あっちゃんはこんな状態で行きたくないかもしれない。
どうしたらいいのかな。

そんなことを思っていたら、夜中メールがあった。

『明日は8時に出発するぞ』

何気ない文章なのに、嬉しくて涙がこぼれてきた。
よかった…。
私はそのメールに「明日楽しみだね」と返信をした。


一番お気に入りの服を着て
おじいちゃんも、もう合宿へと行ってしまって誰もいない家の鍵を私が閉めた。

慣れた駅までの道のり、電車の中。
「何線?」
「どこの駅で降りるんだっけ?」
そんな会話しかなくて、やっぱりあっちゃんは私が突き飛ばしたことを怒ってるのかなって
そればかり考えてしまった。

遊園地に着くとすごい人だった。
「どれから乗る?」
私がそう聞くと
「ちょっと話があるから」とあっちゃんが私の手を取り、向かった先は観覧車だった。

「いきなり観覧車…?」

観覧車って、初めに乗るっていうよりシメって感じじゃない?
例えば花火の最後は線香花火、みたいな…。

開園してすぐの観覧車はまだ列も少なくて、すぐ乗ることができた。
乗り込んで少ししたところで、向かいに座っていた あっちゃんは私の隣に移動した。

「このあいだはごめんな。
 ほのかと1日のほとんどを一緒に過ごしてるのに、それでも足りなくて
 もっと一緒にいたいと思うし、俺はもっと ほのかのこと知りたい。
 でもそのせいで、ほのかのことを傷付けた。
 自分よりも大切だと思うのもほのかが初めてなんだよ」

私の肩にポスンと顔をうずめた彼をとても愛おしく感じた。

「あっちゃん…?」
「すっげー好きなんだ。言葉じゃ表せないほど。だから解って」
「…うん」

あっちゃんの髪を撫でた。
少し茶色がかった彼の髪は生まれつきらしくて、触ってみると想像以上に柔らかかった。
ふと外を見ると、観覧車はもうすぐ天辺だ。

髪から耳、頬へ手の平を移動させると、あっちゃんは顔を上げ
外を見て「あ、一番上だ…」とつぶやいた。
そして腰を抱かれた私は、初めて自分からキスをした。
今度は私があっちゃんの肩に顔をうずめた。
ちょっと恥ずかしかったから…。
私よりも、された側のあっちゃんのほうが照れてるだなんて気付きもしないで。


遊園地に来ていきなり観覧車に乗ったおかげで
私達はその後、ここに来る間つなぐことのできなかった手をつないで
思いっきり遊園地デートを楽しんだ。
そう言えば西田くんがチケットくれたんだよね。
いつ、あっちゃんに渡したんだろう。
新学期になったらお礼を言わなくちゃ。

乗り物にもいっぱい乗った。
お化け屋敷にも入ってみた。
いっぱい写真も撮った。

でもそんな途中、突然雨がザーと降ってしまい屋根のある場所まで走った。

「もしかしてお前、雨女?」
「え〜。違うよー」

なんてちょっとした言い合いをしていると、清掃のおじさんが
「通り雨だよ。すぐ止むよ」
と微笑んだ。

おじさんの言う通り、雨は10分ほどで止み、急いでシメの観覧車に向かった。
今なら雨宿りで人もそう並んでないはずだと。
そして観覧車は再び私達を乗せて、ゆっくり上がっていく。

気づけばもう5時を過ぎていて、それでも夏の太陽はまだ高い位置にあった。

「あっ見て! 虹だよ!」
「ホントだ。すげーでかい」

空には大きなアーチを描いた虹がかかっていた。
まるで晴れ上がった私の心の中のように…。
幻想的でロマンチックなこの風景を絶対忘れないと思った。


帰りの電車は久しぶりに味わうラッシュで、少し抱き合うような形で電車に揺られた。

本当に楽しかった。
大袈裟かもしれないけど、今まで生きてきた中で一番楽しい一日だった。
あっちゃんといると、どうしてこんなにも幸せな気持ちになれるんだろう。


家に着いたのはもう6時半を過ぎていて、夕食はピザを頼んだ。
少し時間がかかると言われて、あっちゃん、私という順番でお風呂に入った。
私がお風呂から出てくると、ピザがちょうど届いたところだった。

「夕食にピザなんて、おじいちゃんがいたら絶対ありえないよ。
 私、友達の家でしか食べたことなかったもん」
「そうなの!?」
「あっちゃんは?」
「俺は時々かなぁ。母親もバリバリ働いてたからさ。父親も単身赴任してること多かったし。
 朝起きるとさ、ダイニングテーブルに“これで好きなもの食べなさい”って
 走り書きのメモと金が置いてあるんだ」
「一人で食べてたの?」
「だいたいはね。たまにバイトのやつと帰りに食べに行ったりしたけど、他のやつは家でメシ喰うからね。
 まったく栄養偏りまくりだったよ」
そんな話、初めて聞いた。
「でも太ってないし、縦に大きくなってよかったね」
「ほのかはちゃんと食べてるのに小さいなぁ」
ホントおかしいよねと二人で笑った。

「ねぇ、寂しくない? お父さんとお母さん、海外に行っちゃって」
「全然。この年の男が寂しがってたら気持ち悪いだろ」
「そうかな…」
「そうだよ。それに母親も仕事辞めて父親に付いて行って、やっと二人の時間が持てるようになったらしいし
 俺がいたら邪魔だろ」
あっちゃんは一瞬笑って、少し真面目な顔をした。

「ほのかの寂しさとは比較になんないよ」
そう言って私の髪を撫でながら、あっちゃんは未来の話をした。
「10年後…いや、もうちょっと早くてもいいんだけどさ。
 一緒に家族を作ろう。
 男が生まれたら、俺らが空手を教えるんだ。
 女の子が生まれたら、ピアノを習わせよう。
 それで少し口うるさい爺さんは曾孫にだけは甘いんだ。
 こんな家族楽しそうじゃない?」
「うん。楽しそう」

私達はソファの上でしばらく抱き合っていた。

あっちゃん、大好きだよ。
このまま離れたくない。
今夜はずっとこうしていたいよ。

けれど、それはあっちゃんの「そろそろ寝よう」という言葉で終わってしまった。
並んで歯を磨いて、階段を上がった。
階段を上がりきったら、それぞれと部屋へ分かれなければいけない。
あっちゃんはそれでいいのかな。
私はできれば一緒にいたいよ。

あ…そうか…。
これがマコのお姉さんの言ってたことだ。

今が
“好き”とか“愛してる”っていう気持ちを全部で伝えたくて
 もっとそばにいたくなって、触れられたい、一つになりたいって思う時なんだ――。

「おやすみ」
あっちゃんが私にキスをしようとした瞬間。
「あっちゃん、あのね……」

観覧車の中で言ってた“言葉じゃ表せないほどの好き”を聴かせて。
私もいっぱい伝えたいことがあるんだよ。

そう言いたくても言い出せない私は、黙ったまま抱きついた。
一度ギュッと抱きしめ返した あっちゃんは
「おいで」と
私を部屋へ招き入れた。

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2006-08-03



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