13 その時が来るまで


うちのおじいちゃんは眠りが深い。
それをいいことに、私達は寝静まった頃
どちらかがメールで縁側に行こうと誘う。

縁側は真夏でも夜になると涼しくて気持ちがいい。
あっちゃんが来る前は、一人で月明かりと虫の声を聞きながら
この時間を楽しんでいた。
それが今では二人。
一人の時間も楽しかったけど、二人だともっと楽しい。
小さな声で話す、あっちゃんの声はとても心地がよかった。

そしてふとした瞬間を逃さずキスを交わす。
初めはドキッとするのに、キスをしている間に安らいでいく。
私はあっちゃんが初めてだし、あっちゃんしか知らないけど
彼のキスはすごく優しくて気持ちがいい。

でも今日はいつもと少し違った。
パジャマ代わりに着ているTシャツの中に、あっちゃんの手が滑り込んできたのだ。
初めは「あれ?」と思った。
次第に背中にあった手が、私のわき腹を通り、胸へと触れた。

その瞬間。

私はあっちゃんを突き飛ばしてしまった。


気づいた時には自分の部屋のベッドの上だった。
心臓がバクバクいってる。
ビックリした。
なんで…?
なんだったの…?

その夜は、左胸に残る あっちゃんの手の温もりのせいで眠れなかった。


翌朝、睡眠もほとんど取れていないのに、早い時間に目が覚めてしまった。
目が覚めても、まだ胸にはあっちゃんの手の感触が残っていた。
すごく傷付けちゃっただろうなぁ…。
怒ってるかな…。

あっちゃんに合わせる顔がなかった。
でもこのまま部屋に閉じ篭っていても、また前と同じことの繰り返しになってしまう。
だから私は着替えを済ませて階段を下りた。
階段の最後の1段の所で、洗面所から出てきた あっちゃんと出くわしてしまった。

「お…おはよ」
意外にも自分から出てきた言葉は、ごく普通のいつもと変わらない声のトーンだった。
「おはよ」
あっちゃんもいつもと変わらない声で少し安心した。

お互い普通に挨拶をしたつもりだったけど、やっぱりどこかぎこちない。
こんな日に限って、チサとマコと遊ぶ約束していたのは運が良かったって言うのかな…。


約束の時間ちょうどにマコの家に着いた。
インターフォンを押すとちょうどチサもやって来て、一緒に家に上がった。
集まる名目は「一緒に夏休みの課題をやろう!」だったけど
そんなのはそっちのけで、それぞれの恋バナになった。

チサはバイト先の人。
マコは塾が一緒の人。
そんな二人の話を聞いていると
「私達のことはどうでもいいの。それより、ほのかはどうなったの!?」
と、さっきまでさんざん悩み、語っていた二人が私に向かって言ってきた。

そして夏休み中に起きた出来事を話すと
「きゃ〜! おめでとう!」
二人とも自分のことのように喜んでくれた。
それからは質問攻め。
普段二人でどう過ごしてるのかとか、どこまで進んだ…とか。

「それがね…、昨日の夜のことなんだけど…」
「うん」
チサとマコは前かがみになって、唾をゴクンと飲み込みそうな勢いで私を見つめる。

その時。
――コンコン
扉をノックする音が聞こえた。

「はーい。んもう、いいところだったのに」
マコが部屋の扉を開けると、彼女のお姉さんがジュースとお菓子を持ってきてくれた。
「何何?いいところって」
マコのお姉さんは私達が座っていたテーブルに一緒になって着いた。
ちゃっかり(いただく立場でこう言っちゃなんだけど)ジュースも4人分用意されていた。
「お姉ちゃん、彼氏と遊びに行くんじゃなかったの?」
「夕方からになったから大丈夫」
「大丈夫って」

マコとお姉さんは仲が良い。
3歳年上でうちの高校の付属する大学に通っている。
「恋の話? 聞かせてよ。アドバイスできるか保障しないけど」

しないのかいっ。
と突っ込みを入れそうになってしまうほど、マコのお姉さんは何だか面白い人だった。

「で、昨日の夜…?」
マコの一言で仕切り直し。
「うん。昨日の夜ね、キス…してたのね。
 そしたら彼の手が服の中に入ってきて、胸の横ん所をちょっと触られてね…」
「うん、うん」
「突き飛ばして逃げちゃったの」
そう言った途端「えー!?」と非難を浴びてしまった。

「嫌だったの?」
さっきまで半分ふざけてたようなお姉さんが真面目な顔をして聞いていた。
「ううん。嫌じゃなかったんだけど、ビックリしちゃって…」
「そっかぁ、しょうがないよ。男の子だもん。嫌じゃなかったら夜の事は許してあげなよ。
 ほのかちゃんもそのうちきっと身体全部で“好き”とか“愛してる”っていう気持ちを伝えたくて
 もっとそばにいたくなって、触れられたい、一つになりたいって思う時が来るよ。
 それまでは無理しなくていいから」
「うん…」


もっとそばにいたい、触れられたい、一つになりたい――か…。
たしかに“好き”とか“愛してる”と想う気持ちはいっぱいある。
でもお姉さんが言った“一つになりたい”っていうのは、もっとオトナな意味で
この時の私にはそれがいつ、どういう瞬間で思うのか、まだよくわからなかった。

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2006-08-02



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