11 花火大会


あっちゃんの試験の日。
私は家で留守番をしていた。

――ピンポーン

「はい?」
ガラガラと玄関の引き戸を開けると
「こんにちは」
隣に住む、おばさん(お母さんの従姉)だった。
「これ、おすそ分け」
「わー。ありがとう」
ビニール袋にトマトやきゅうりなど夏野菜がぎっしり入ってた。
「今日おじさんは?」

おじさんというのは、私のおじいちゃんのこと。

「今日はあっちゃんの試験があって出かけてるの」
「そっか、試験かー。どう? あっちゃんとは楽しくやってる?」
「うん」
「よかったねー。あっそういえば明日花火大会だけど今年はどうするの?」
「今年は行くよ…」

実はもう5年近く花火大会には行かず、家のベランダから見ていた。

「もしかして…あっちゃんと?」
「うん…」
「おじさんは何て言った?」
「いいよって」
「そっか、そっかー。なんだ水くさいなぁ」

おばさんはそう言ってニコニコと笑った。
今朝、おじいちゃんに花火大会にあっちゃんと行っていいか聞いてみると
即OKをもらえた。
今までだったらこんなこと考えられない。
誕生日に言ってくれた「好きなことをしたらいい」って言うのは本当だったんだ。

「せっかくの花火大会だから浴衣着せてあげるわ」
「浴衣?」
「うちに、ほのちゃんのお母さんが着ていた浴衣があるのよ」
「お母さんの浴衣…」
「用意しておくから」
「うん! ありがとう!」

楽しみが二つもできてしまった。
あっちゃんと二人で花火大会に行くこと。
それから浴衣を着せてもらえること。
しかもお母さんが着てた浴衣…。


 *


翌日の夕方。
私は隣のおばさんの家に行った。
和室の壁には紺色の生地にピンクや紫の朝顔の花が描いてある
今も変わらない定番の浴衣が掛けてあった。

おばさんは先に、私の肩までしかない髪を器用にアップしてくれ
それから浴衣を着て、帯を結んでくれた。

「お母さんにそっくりね」

浴衣姿になった私を、あらためて見たおばさんは、ため息混じりに言った。
おばさんは、一緒に用意してくれていた古いアルバムを開き
お母さんがこの浴衣を着ている写真を見せてくれた。

本当だ。
似てる…。
隣にはお父さんが立っていて、二人とも幸せそうに笑ってる。


「そう言えば、昨日の夕方おじさんと話してたんだけど
 空手辞めていいって言われたんだって? 辞めるの?」
「迷ってるんだ。別に空手は嫌いじゃないんだけど、でも友達との時間も欲しいし」
「おじさん言ってたよ。あっちゃんが来てから、ほのちゃんの顔が柔らかくなったって」
「そうなの?」

おじいちゃん、そんなこと思ってたんだ…。

「おじさん、ずっと悩んでたからね…。
 中学くらいから、笑わなくなった ほのちゃんにどう接したらいいのか解らなかったんだって」

え…。

「あっちゃんが来てから、おじさんも変わった気がするよ。
 あっちゃんが来てくれてよかったね」

少し泣きそうになった私を察して、おばさんは明るく言ってくれた。

「…うん」
「おじさんも辞めていいって言ってるし、これからほのちゃんのやりたいことやれば?
 お友達とお買い物行ったり、いっぱい遊ぶといいよ」
「うん…」
「ほら、ビシッと背筋伸ばして。大人っぽくて綺麗だよ。
 あっちゃん、驚くだろうなぁ」

おばさんはそう言いながら、帯をキュッと上げた。

あっちゃん、何て言ってくれるかなぁ。
ちょっと不安になりながら
「行ってきます」
と下駄を履き玄関を出ると、あっちゃんが待っていてくれた。

「お待たせ…。コレ、ちょっと地味じゃないかな?」
「ううん、そんなことないよ。行こうか」

なんだ…。
可愛いとか、似合ってるとか言ってくれるかなってちょっと期待したのにな…。
なんだか恥ずかしい私は、あっちゃんの少し後ろを付いて歩いた。
大通りに出ると、会場に向かう人で歩道には列ができていた。
そして私の手に、あっちゃんの指がスッと絡んだ。
ハッとした私に
「迷子になられても困るから」
とギュッと手を握り締めてきた。

人波に流され、花火大会の会場に着くと、さらに人混みで溢れ返っていた。

「ほのか!?」
「あ…」
声をかけてきたのは、同じクラスの子だった。
「あれぇ? 藤井くんも…。ふーん。やっぱりそうなんだ」
そう言いながら、彼女は「ばいばーい」と連れていた彼氏に腕をからませ去っていった。

繋いでいた手は、いつの間にか離してしまっていた。
でも自分から繋ぐことができなくて、私は再びあっちゃんの後ろを歩いた。

「ほら、はぐれるぞ」
手を伸ばしてくれたのに、なぜかその手が取れなかった。
なんでかな…。
これじゃ、いつもと同じパターンだ…。
そう思って下を向いていたら、ぐいっと手を引っ張られた。
「早く行かないと、いい場所なくなる」
あっちゃんは私の手を繋ぎ、どんどん人混みをかき分けていった。
すれ違う人に何度もぶつかり
履きなれない下駄のせいで、足がどんどん痛くなる。
痛いし、歩くの早いし…。

思わず手を振りほどいてしまった。
そんな私を見たあっちゃんは「ごめん」と謝り、手をもう一度繋がれ
私達は人の列から吐き出されるように出た。

「俺と手ぇ繋ぐの嫌? 付き合ってるのかって勘違いされるの嫌? 嫌なら言って」
「…嫌じゃないよ」
「だったらどうして…」
「痛っ」

下駄で擦れてしまった所の痛みが増してきた。
履いていた下駄を足からずらすと、あっちゃんもそれに気づいたようで
「あっち座ろう」と私の手をそっと引いた。
たぶん、ここからだと花火は見れないんだろう。
周りには誰もいなかった。
腰を下ろし、おばさんからもらった数枚の絆創膏を出すと
あっちゃんは私の足に貼ってくれた。

「ごめん。俺、お前が下駄履いてることすっかり忘れてて…」
足元から顔を上げた あっちゃんと目線が合った。

その瞬間、自分の口から思わず気持ちがこぼれてしまった。

「私、あっちゃんのこと好きだよ。
 だから手を繋ぐことも、付き合ってるって勘違いされたことも、嫌じゃないよ。
 あの時のキスも“どうでもいい”なんて思ってな…」

その途中、ふわっと あっちゃんの香りに包まれた。
「よかった…」
あっちゃんは私の体を、ぎゅうっと締め付けてそう言った。
「俺もお前のこと、ほのかのことが好きだよ」

「ホントに…?」

“好き”って言葉と、あっちゃんの口から出た私の名前が
一瞬、本当だったのか、空耳だったのか判らなくなった。
そんな私に「本当だよ」と言う言葉の代わりにキスをくれた。
あの日、駅で不意打ちでされたキスよりも少し長いキス。

「こんなこと好きな子にしかない」
あっちゃんがそう言った瞬間、花火の「ドーン」という音が響いた。
振り返ると、ここからじゃ見えないと思っていた花火が見えた。
まるでドラマや映画のワンシーンのようだった。

打ち上がった花火を少し見て、再びキスを交わした。

「花火…見ないの?」
「うん。花火を楽しむのは来年でいいや」
そう言ってあっちゃんは私の首筋にキスをした。
くすぐったくて肩をすくめると
「可愛いよ。髪も、浴衣姿も、全部」
「ありがと…」
ずっと言ってもらいたかった言葉に笑みがこぼれてしまう。


「そう言えば、お前が着替えてる間、連絡があったんだ。試験、合格したよ。しかも飛び級」
「すごーい! おめでとう!」
「これで一応黒帯だな…」
「そうだね」

「今までいっぱい傷付けてごめん」
あっちゃんはまた私を抱きしめた。
私だって今まで勝手なこと言っていっぱい傷付けたのに「それは違うよ」と言って優しく笑ってくれた。


それから私達は打ち上げ花火の音と光の中また一つキスをした。


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2006-07-23


ちょっぴり補足パート2です。
このたび、めでたく黒帯になった敦士。
空手のことを色々調べましたが、一応飛び級というのはあるらしいんです。
しかし、何年もブランクのある高校生がいきなり黒帯になるか!?
とちょっと突っ込みたくなりますが、今回もあくまでもお話ということでご理解くださいませ…。



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